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EMS企業は、電子機器の受託生産を担う重要なプレイヤーとして、近年ますます注目されています。設計・開発業務から物流まで拡大するその事業領域は、効率性とコスト削減の観点でブランドメーカーに大きな利益をもたらしているのです。 そこで本記事では、EMS業界の発展の背景やアジア市場を中心とした主要企業の動向、今後の展望について詳しく解説します。

EMS企業とは

EMS企業とは電子機器の受託生産をおこなう事業者で、ブランドメーカーの製品開発を支援する形で発展しました。近年では、設計業務や物流業務まで含む事業領域の拡大が進んでいます。 EMS企業はブランドメーカーから生産委託を受け、大量生産設備の稼働率を高めることでスケールメリットを活かした製造をおこないます。多くのメーカーの製品を受注して、大量生産によりコスト削減と効率向上を実現しています。
  • 川上領域: 設計・開発業務を含む
  • 主要業務: 部品調達、製造、組立
  • 川下領域: 物流・販売まで拡大するケースあり

EMS企業が発展した背景

EMS企業が発展した背景には、次のようなものがあります。
  1. ハイテク市場の成長と技術の進歩
  2. メーカーの生産体制の変化
  3. ブランドメーカーとEMS企業の関係
  4. EMS業界の地域的な変化

1. ハイテク市場の成長と技術の進歩

1990年代後半からのインターネットの普及とIT革命により、情報通信技術が急成長しました。これに伴い電子機器の製造プロセスが変化し、デジタル化とモジュール化が進行。製品を機能単位で分解し、個別のモジュールを組み合わせることで生産効率が向上し、企業は自社で生産するよりもアウトソーシングのメリットを活かすことができるようになったのです。

2. メーカーの生産体制の変化

従来の「垂直統合型」の生産モデルから「水平分業型」へと移行して企業が設計や開発に特化し、生産工程を外部に委託する傾向が強まったことも要因です。 また、ファブレス企業の登場もEMSの発展を促しました。Appleや任天堂のような企業が、自社工場を持たずに企画・設計をおこない、製造を外部委託することでコスト削減と経営資源の効率的な運用を進めたのです。

3. ブランドメーカーとEMS企業の関係

ブランドメーカーは、より付加価値の高い業務(R&Dやマーケティング)に集中するために生産工程を外部委託して生産設備の投資負担を軽減しました。 一方、EMS企業は多数のメーカーの製品を製造することで工場稼働率を向上させ、部品の大量購入によるコスト削減を実現。この関係は「スマイルカーブ」の概念に基づいており、製造・組立の付加価値が低く、開発・設計や販売・サービスの付加価値が高いことが示されています。

4. EMS業界の地域的な変化

1980年代には北米系EMS企業が市場を牽引していましたが、1990年代以降は台湾系EMS企業が急成長しています。台湾はPC製造の経験を活かし、高い技術力を持っていたため、EMS事業への参入が進みました。 また台湾政府の政策変更により中国本土への投資が緩和され、台湾系EMS企業は低コスト生産拠点として中国へ進出。これにより、鴻海精密工業(フォックスコン)、ペガトロン、クアンタ・コンピュータなどが世界規模で事業を展開するようになったのです。

EMS企業の歴史

EMS(Electronics Manufacturing Services)企業は、1980年代にアメリカで発展し、1990年代以降は台湾系のEMS企業が急成長を遂げ、業界を牽引するようになりました。この成長の背景には、技術革新や生産戦略の転換、そして地理的な産業構造の変化があります。 1980年代には、IBMやHPなどの大手メーカーがプリント基板の組立を外部委託し始め、それが北米のEMS企業の拡大につながりました。特にシリコンバレーのベンチャー企業の成長によって、EMSの需要が高まりました。 例えば、シスコやサン・マイクロシステムズなどの企業は、自社で製造を行わず、技術開発と市場展開に集中する戦略を取ったため、EMS企業と強い関係を築くことになりました。その結果、フレクストロニクス、ソレクトロン、ジェイビルサーキット、セレスティカ、SCIシステムズ(現サンミナ)などの企業が、北米市場で急成長を遂げました。 1990年代に入ると、労働集約型産業の生産拠点が、低コストで製造できる中国や台湾へと移行する動きが加速します。特に台湾では1980年代からPC製造の経験があり、技術力の高さが評価されてEMS市場への参入が進みました。台湾政府が中国本土への投資を緩和したことで台湾系EMS企業は中国に進出し、生産コストを抑えた製造拠点を確立していきました。 こうした状況の中で、鴻海精密工業(フォックスコン)、ペガトロン、クアンタ・コンピュータ、コンパル・エレクトロニクス、ウィストロンなどの企業が、世界規模で事業を展開し、EMS業界を牽引するようになったのです。

ブランドメーカーの生産戦略との関わり

EMS企業の発展は、ブランドメーカーの生産戦略と密接に関わっています。メーカーはかつて「垂直統合型」の生産モデルを採用し、設計から製造までを自社でおこなっていました。しかしコスト削減や生産効率向上のために、生産工程の一部をEMS企業に委託する「水平分業型」へと移行していったのです。 また、Apple任天堂のようなファブレス企業が増えたことで、EMS企業の役割がさらに拡大していきました。ファブレス企業は自社工場を持たずに製品企画や設計に専念し、製造を外部のEMS企業に委託する形を取るため、EMS企業との連携が強まったのです。

地域ごとのEMS市場の変遷

地域ごとのEMS市場の変遷も特徴的です。1980年代には北米系企業が中心でしたが、1990年代以降は台湾系企業が市場をリードするようになり、中国市場を活用した低コスト生産が主流となりました。近年ではスマートフォン市場の成熟や中国の人件費高騰という課題に直面しており、EMS企業は新しい市場を開拓し、少量多品種生産へと進出する必要に迫られています。

おもなEMS企業と近年の動向

現在の主要なEMS企業の多くは、台湾系の企業となっています。
  • 鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)
  • ペガトロン(Pegatron)
  • クアンタ・コンピュータ(Quanta Computer)
  • コンパル・エレクトロニクス(Compal Electronics)
  • ウィストロン(Wistron)
  • フレクストロニクス(Flex)
  • ジェイビルサーキット(Jabil Circuit)
ここでは、鴻海精密工業とペガトロンの動向についてご紹介します。

鴻海精密工業の概要と最近の動向

鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry Co., Ltd.)は、台湾に本社を置く世界最大のEMS(電子機器受託生産)企業です。1974年に郭台銘(テリー・ゴウ)氏によって設立され、コンピューター、通信機器、家庭用電子機器の製造を中心に事業を展開してきました。特にAppleのiPhoneの組み立てを担当することで急成長し、現在ではグローバルな製造ネットワークを持つ企業へと発展しています。 同社のビジネスモデルは、垂直統合型の戦略を採用している点が特徴です。部品の製造から組み立てまでを一貫して手がけることで、コスト削減と品質管理の強化を図っています。また、ノキア、シスコ、HP、ソニー、任天堂など、業界のトップ企業との取引を積極的に進めて、安定した受注を確保してきました。特にAppleとの関係は深く、iPhoneの製造を担うことで、EMS業界における圧倒的な地位を築いています。 最近の動向として、鴻海精密工業はAI関連製品の需要拡大を背景に、2025年第1四半期の売上高が過去最高を記録しました。クラウドおよびネットワーク製品部門の売上が大きく伸びたことが要因とされており、データセンター向けのサーバー製造が好調です。一方でスマートフォン市場の成熟に伴い、Apple製品の売上は横ばいとなっており、今後の成長戦略として新たな分野への進出が求められています。 また、鴻海精密工業は国際政治の動向を注視しており、米国の対中関税政策が事業に影響を与える可能性があります。特に中国の鄭州市にある世界最大のiPhone製造施設を運営しているため、関税の引き上げが生産コストに影響を及ぼすことが懸念されている状況です。これに対応するためベトナムやインドなどへの生産拠点の分散を進めており、リスク管理の強化を図っています。 さらに電気自動車(EV)市場への参入を進めており、シャープの買収を通じて液晶技術を獲得したことも、今後の成長戦略の一環とされています。EV事業の拡大に向けてバッテリー技術や車載電子機器の開発を強化しており、EMS企業としての枠を超えた事業展開を模索しているところです。

ペガトロンの概要と最近の動向

ペガトロン(Pegatron Corporation)は台湾を拠点とするEMS企業で、ASUSの製造部門が独立して誕生しました。設立は2007年で、マザーボード、デスクトップPC、ノートPC、ゲーム機、ネットワーク機器、液晶テレビなどの製造を手がけています。鴻海精密工業と同様にAppleのiPhoneの組み立てを担当することで急成長し、EMS業界での地位を確立しました。 ペガトロンの強みは、ASUSの技術ノウハウを活用した高品質な製造能力です。ASUSは薄型パソコンの「ネットブック」を他社に先駆けて発売するなど技術力に定評があり、ペガトロンはそのノウハウを引き継いでいたため、顧客の高い要求水準に応えることができました。また、Appleがリスク分散のために鴻海以外のEMS企業にも発注を分散したため、ペガトロンは大量受注を獲得して成長を遂げたのです。 最近は、Appleからの受注減少により売上が減少している状況です。スマートフォン市場の成熟に伴い、iPhoneの販売が伸び悩んでいることが影響しています。特にiPhone 7の組み立てを担当していた時期には売上が減少しましたが、今後は新型iPhoneの発売により回復が期待されています。 また、ペガトロンは労働問題への対応として、工場内部の公開やロボットの導入を進めています。過去には長時間労働や未成年者の就労問題が指摘されており、Appleのサプライチェーン管理の厳格化に対応するため、工場の透明性を高める取り組みを進めています。さらに、米国のトランプ政権による関税政策が影響を及ぼす可能性があり、ペガトロンも生産拠点の分散を検討しているところです。 今後の成長戦略として、ペガトロンはEV市場への進出やベトナムへの新工場設立を進めており、スマートフォン市場の成熟に対応するための新たな事業展開を模索しています。

国内のEMS企業

日本のEMS企業が世界的に発展しなかった背景には、いくつかの要因が絡んでいます。まず、日本のメーカーは長らく垂直統合型の生産体制を維持してきました。これは設計から製造までを一貫して社内でおこなう方式で、分業を前提としたEMS企業の活用が進まなかった大きな要因のひとつです。 特に日本のメーカーは「すり合わせ」と呼ばれる設計と製造の密接な調整を重視しており、EMS企業を単なる「下請け」として捉える傾向が強かったことも、EMSの発展を阻害しました。 次に、日本の製造業ではセル生産方式が導入されました。自動車業界から始まった生産方式で、少量多品種の製品に適した方法です。しかしEMS企業が主に手がける家電製品のような、単価の安い製品には適していなかったと考えられています。結果として日本のメーカーは国内で付加価値の高い少量多品種の製品を生産し、海外では大量生産を行うEMS企業としての展開を進める選択肢を十分に検討しませんでした。 さらに日本の企業は、設備投資に対して消極的な姿勢を取る傾向があります。EMS企業の多くは他社の工場を買収することで生産能力を拡大し、ノウハウを蓄積してきました。しかし日本のメーカーは「改善」によるコスト削減を重視して、大規模な設備投資を避ける傾向が強かったため、EMS企業としての成長が難しかったのです。 日本にはファブレス企業が少なかったことも、EMS企業の発展を阻害した要因のひとつです。ファブレス企業とは、製品の企画・設計をしながら、製造を外部に委託する企業のことを指します。例えば任天堂は、かつてミツミ電機に製造を委託していましたが、現在では鴻海精密工業が生産の大部分を担っています。日本国内でファブレス企業が少なかったため、EMS企業が十分な規模で成長する機会を得られなかったと考えられます。 このような状況下で、日本のEMS企業がどのような取り組みをおこなっているのか見ていきましょう。

シークスの取り組み

シークス株式会社は電子部品の調達力を活かしたワンストップサービスを提供している、日本国内最大級のEMS企業です。もともとは電子部品専門の商社として創業し、約60年間にわたる電子部品の取扱経験を活かして、製造受託だけでなく部材調達や物流サービスを含めた総合的なソリューションを展開しています。 特にシークスのEMS事業は海外売上高比率が約80%と非常に高く、グローバル市場での競争力を持っています。海外拠点は14カ国に約50拠点を構え、アジアを中心にヨーロッパ、北米、南米へと事業を展開。EMS事業としては、アジアに12拠点、ヨーロッパ(スロバキア)に1拠点、北米(メキシコ)に1拠点を保有しており、広範なネットワークを活用した生産体制を構築しています。 シークスの強みは、部材調達力を活かしたワンストップサービスです。顧客メーカーから部材のグローバル調達業務のみを受託するケースもあり、製造だけでなく、調達・物流までを含めた包括的なサービスを提供することで、EMS企業としての競争力を高めています。

加賀電子の取り組み

加賀電子株式会社は1968年に設立され、電子部品の商社機能を活かしたEMS事業を展開してきました。多品種少量生産に対応するEMS事業で、大手EMS企業とは異なる市場戦略を採用しています。特にセル生産方式を導入することで、多品種少量生産に対応してニッチ市場での競争力を確立しました。 加賀電子のEMS事業は、商社機能を活用した部品調達力が強みです。アメリカ、ヨーロッパ、アジア各国の仕入先と長年にわたる取引をおこない、顧客に最適な部材の代替提案して、在庫を最小限に抑えながら柔軟な生産体制の維持を可能としています。 また、加賀電子は海外工場を活用した生産体制を構築しており、現地メーカーの細かいニーズに対応できる点も強みのひとつです。特に車載機器や産業機器などの分野でEMS事業を拡大しており、大手EMS企業との差別化を図っています。

EMS企業の今後の展望

ここまでご紹介してきたように、EMS企業は拡大を続けています。その中でも台湾系EMS企業は、これまで大手メーカーの生産拠点の海外移転に伴う需要を取り込み、成長を遂げてきました。特に鴻海精密工業やペガトロンは、AppleのiPhone製造を受託することで急成長し、業界を牽引。しかし現在の主力製品であるパソコンやスマートフォン市場が成熟しつつあるため、今後の成長には新たな市場の開拓が必要とされています。 また、台湾系EMS企業の多くは中国に生産拠点を持っていますが、中国の人件費が高騰しているためコスト競争力の維持が課題となっています。これに対応するため、ベトナムやインドなどへの生産拠点の分散が進められており、リスク管理の強化が図られています。特に、鴻海精密工業はインドでの生産拡大を進めており、スマートフォン市場の変化に対応しようとしています。 さらに台湾系EMS企業は大量生産モデルからの変革を模索しており、少量多品種生産への進出が進んでいます。これにより特定の市場に依存せず、幅広い製品群を扱うことで安定した成長を目指しているのです。例えば鴻海精密工業は、シャープの買収を通じて液晶技術を獲得し、EV(電気自動車)市場への参入を推進。EV関連事業の拡大に向けてバッテリー技術や車載電子機器の開発を強化しており、EMS企業としての枠を超えた事業展開を模索しています。

日本のEMS企業の展望

日本のEMS企業は台湾系EMS企業とは異なる戦略を採用し、小ロット生産の業務用機器に注力することで市場を拡大してきました。民生機器の分野では台湾系EMS企業が強い競争力を持っているため、日本のEMS企業がこの分野に参入するのは難しい状況です。特に日本のブランドメーカーが民生機器事業を縮小していることも影響し、EMS企業がこの市場で成長する機会は限られているでしょう。 そのため日本のEMS企業は、産業機器や医療機器、エネルギー関連などの分野に特化し、大手EMS企業とは競争しない市場での成長を目指しています。これらの分野では少量多品種生産が求められるため、日本のEMS企業の強みを活かすことが可能です。 また、日本のEMS企業は商社機能を持つ企業が多く、電子部品の調達力を活かしたワンストップサービスを提供して競争力を高めています。例えばシークスは部材調達力を活かしたグローバルなEMS事業を展開し、加賀電子は多品種少量生産に対応しながら市場を開拓しています。 今後の戦略として、日本のEMS企業は独自の強みを活かし、大手EMS企業との差別化を図ることが重要になります。特に小ロット生産の付加価値の高い製品に対応すれば、競争力が維持できるでしょう。また「Made in Japan」のブランド価値を活用して品質の高さをアピールすれば、国内外の市場での需要を獲得することも考えられます。 さらに、日本のブランドメーカーが強い産業への進出も、日本のEMS企業にとって重要な成長戦略となります。例えば自動車産業は日本のブランドメーカーが世界的に強い分野であり、EMS企業がこの市場に進出すれば、大幅な成長が期待されるでしょう。特にハイブリッド自動車や電気自動車の市場は今後の成長が見込まれるため、EMS企業が自動車関連の電子機器の製造を手がけることで、新たなビジネスチャンス獲得が期待できます。

EMS企業の今後に注目

EMS企業の発展を支えた技術革新や市場構造の変化を中心に、アジアの主要企業とその戦略を紹介しました。 台湾系のEMS企業が主流となる現状に対して、日本企業の強みは小ロット多品種生産や商社機能を生かした競争力にあります。今後は新たな市場開拓や電気自動車などの次世代事業への取り組みが、EMS業界全体の進化を加速させる鍵となるでしょう。 ▼関連記事はこちらから! 電子部品・デバイス産業の現状と変化に挑む日本企業の成長戦略を探る 成長市場の医療関連サービス業界!ビジネスモデルや市場規模を解説 スポーツビジネス業界とは?主要プレイヤーの動向や今後の展望を徹底解説! 印刷業界の現状は?市場動向や今後の課題を分かりやすく解説! ゲーム業界の市場動向と課題とは?主要プレーヤーの動向もチェック システムインテグレーター業界に注目!全産業DXの担い手を徹底解説 家電業界の今後の展望は?最新の動向と共に業界を細部まで解説します スポーツ用品店とは?人気のスポーツショップや今後の成長の鍵を解説

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